ロスト・フラグメント〜lost fragment〜
著者:shauna


 「玉座の間にお入りになる前に剣と杖を出して下さい。」
 そう言う兵士に「誰に物を言ってるんですか?」と笑顔で脅しをかけて―本気で震えあがっていたので後で謝っておかなくては―異例の剣と杖を持ったままの玉座への侵入を成し遂げてシルフィリアとアリエスは国王に謁見した。
 他の兵士が深く礼する中で軽く一礼し、国王が玉座に付くのを待ってからシルフィリアが口を開く。
 「お久しぶりですね。陛下。」
 スペリオル聖王国国王。デュラハン=フォト=バース=スペリオル。
 賢君として市民からも支持の高い現在では珍しい国王である。
 「こちらこそ。フェルトマリア卿。フィンハオラン卿。わざわざお越し頂きありがたい。本来なら私が忍びでそちらに向かわなければならないのだ・・・。何分、年末となると公務が増えてな・・。」
 「気にすることありませんよ。どうせ暇ですし・・。」
 そう言ってアリエスが笑う。
 それを聞いたシルフィリアの顔が少し曇った。
 「私だって仕事があるのですが・・・。」
 「最近は断ってばっかいるくせに・・。」
 「だって、私が作ってあげる価値がある人間が居ないんですもん。この前の貴族なんて酷かったじゃないですか?『私の剣を作れるのだ。光栄に思え』などと・・・」
 「確かにあのデブは酷かった。おまけに剣術の腕はからっきしだったし・・・。」
 こうしているとまるで玉座の間では無く談話室の会話だ。いや、居酒屋といった方が正しいかもしれない。呆気にとられる他の貴族や将軍たちの前でデュラハンが初めて水を差した。
「んん!」
 その咳払いにシルフィリアもアリエスもすぐに談話を止めて、国王の方に目を向ける。辺りにやっと静けさが戻った。
 デュラハンがもう一度大きく一度咳払いをする。
 「今日、あなた方を呼び出したのは他でもない。」
 「できれば人払いを・・・。」
 シルフィリアがそう呟いた。
 「3人だけで話し合いをしたいのですが・・・」
 その言葉に、デュラハンは全ての貴族と将軍を下がらせる。
 しかし、ぞろぞろと出ていく将軍たちの中にただ一人だけ、その場に残る者がいた。
 銀の長髪に血のように毒々しい赤い瞳。王族以外の帯刀が許されぬこの部屋で唯一自分達以外に武器を持った人間。フレアアーマーの赤は他の兵士と自分が違うことを強調するかのようでシルフィリアの腹の虫を躍らせた。
 「何をしている。お前も出ていけ。」
 シルフィリアが退席を求めるよりも早く、アリエスがそう呟く。
 それに対して、その男はこう言い放った。
 「私はこの国の聖将軍。シャズールである。王の御身に何かあってからでは遅い。そちらが帯刀を解かぬ限り、私は王の御身をお守りする為にここに居させていただく。」
 「黙れ。」
 アリエスが一言で彼の朗々とした喋りを打ち切った。
 「フェルトマリア卿は3人で話すことを御所望なされた。そしてその3人とは私とフェルトマリア卿と陛下であり、君は含まれていない。それとも君は、聖蒼貴族である我々に意見出来るほど地位と権力を持つというのか?」
 「な!」
 もしミーティアがこの場にいたらシャズールの出したその間抜けな顔と声に笑いを堪えられなかっただろう。
 しかし、シャズールにもプライドがある。このまま引き下がるわけにはいかなかった。
 「若造!言わせておけば!!」
 18歳の若造にバカにされ、頭に血が昇ったシャズールはエアブレードを解き放つ。
 「私は王の警護を仕る者。そして、王の側でその仕事を助ける聖魔道士の資格も持ちわせている。その私を愚弄するとはいかに聖蒼貴族とは言え、許さんぞ!」
 「では、尚のこと早く立ち去るが良い。ここには陛下が襲われる危険はないし、ここには政治や策略にかけては右に出るモノが居ないフェルトマリア家の当主が居る。お前など、意味をなさん。」
 「この!!」
 エアブレードを構え、シャズールはデュラハンの静止をも振り切ってアリエスに斬りかかった。
 もちろん、本気で殺すつもりはなく、ただ驚かせる程度の気持ちだ。その証拠に剣筋も彼からは僅かにずらしてある。
 これでこいつも・・・
「やれやれ・・。」
 剣がふりおろされる瞬間にアリエスも自身の腰の得物を抜いた。鏡の如く研ぎ澄まされた白銀の刃が一閃し、シャズールのエアブレードと交差する・・。
否、交差などしない。アリエスの一閃が瞬間的にシャズールのエアブレードをたたき折った。いや、正確に言うと斬った。
 何が起きたのか分からずまた恥を掻いたシャズールにアリエスがさらなる追い打ちを掛ける。
 「安心しろ。あんたは決して弱くない。ただ相手と対峙する得物を間違い得ただけだ。」
 「どういうことだ!これは国内でも最高峰のエアブレードだぞ!」
 アリエスがニンマリと笑う。
 「その最高峰とは・・。ミスリルの・・であろう?残念ながらミスリルではこのヒヒイロカネには足元にも及ばない。残念だったな。」
 「な!バカな!!」
 ヒヒイロカネ・・。それは金剛石よりも固く、永久不変で絶対に錆びない。また驚異的な魔力伝達性を持つという伝説上の金属だ。
 そんなモノがこの世にあるというのか!?
 「実際にこの剣はその金属で作られた。ちなみに厚さ1mぐらいの鋼板なら包丁で豆腐を切るぐらいの力で切断できる。さて、得物が切れてはもう戦えませんな。聖将軍殿。」
 「貴様!!」
 「シャズール!!」
 デュラハンが叫ぶ。
 「いいかげん無礼が過ぎるぞ!わきまえよ!!」
 「くっ!今に見ておれ!!」
 デュラハンはそう言うと無意味に背中の式典用の白マントを翻して玉座の間を去って行った。その時の惨めさときたらおそらくミーティアがこの場にいたのなら今ごろ腹筋が崩壊して床を叩きながら笑っていたかもしれない。
 「フィンハオラン卿。失礼した。あれでも彼は腕も達ち、頭も切れる私の重臣だ。どうかご容赦願いたい。フェルトマリア卿も迷惑をかけた。御無礼を許されよ。」
 「いえ・・。」
 2人は再び軽く一礼する。
シルフィリアにしてみれば確かにムカつきはするが別にたいしたことではない。むしろ、見下したような態度をとった彼が結果的にこの場を去ることになったのを見て面白かったぐらいだ。
 剣を鞘に戻し、アリエスは再びシルフィリアの隣へと戻る。
 「意地悪ですね・・。」
 そうシルフィリアが呟くとアリエスが呆れたように溜息交じりで返した。
 「だって、俺がやらなかったらシルフィーあの人のこと殺してたでしょ?」
 「殺しはしません。ただ、二ヶ月ぐらいは再起不能にしてあげましたけど・・。」
 そう言うシルフィリアの指先はショートジャケットの胸元に入れられている。確かあそこにはシルフィリアのスペリオルが収納されている筈・・。まったく末恐ろしい。
 「ところで何で人払いを?」
「私シャズール嫌いですから・・。いちいち口出ししてくるからウザかったんです。」
「ああ・・・。」
シルフィリアは手を前に組んで玉座の上のデュラハンへと目線を戻す。
 「御注文の品は確かに・・・」
 シルフィリアはそう言って右手に持った紫色の包みをデュラハンに向かって投げた。上手くデュラハンはそれを受け取り、包みを開封する。
 「おぉ・・。」
 思わずデュラハンが感嘆のため息を上げる。中に入っていたのは王国の紋章が刻まれた美しい剣だ。金銀で装飾されたその剣の中央には大きなルビーが輝き、鞘から抜いて見れば僅かではあるが剣の刀身が光って見える。
 「代々伝わる宝剣のエアブレード化とルビーの装飾の追加。おまけで強度も上げておきました。」
 「すばらしい・・。」
 剣を再び鞘に戻してデュラハンはそれを腰に宛がった。うん。注文通り・・いや要望以上の出来だ。流石、この世に数人しかいない超一流職人の仕事。文句の付けようもない。
 「いや、これで今夜の舞踏会でも恥をかかずに済む。何せ、今日の“エインセルの舞踏会”は年内最後の大きな舞踏会だ。国内だけでなく近隣諸国の貴族や王族までもが参加する。無理を言って済まなかったな。」
 「いえ・・・大したことはありませんでした。代金はいつも通り、後で屋敷の方に届けさせてください。」
 「うむ。」
 「それで・・・?」
 「ん?」
 「これだけではないでしょう?」
 「・・・流石フェルトマリア卿だな・・。」
 デュラハンの険しい顔が少しだけ綻んだ。そして、話はいつもの方向へと戻っていく。
 「政治の話をしようか?」
 デュラハンの言葉にシルフィリアが頷いた。
 「君も知っているだろうが、現在この国は安定期を迎えつつある。しかし、当然、ガリア帝国はいつ戦争を仕掛けて来てもおかしくはない状況でもあるのだ。」
 「確かにそうでしょうね。ガリアもこの国もかつてのエーフェになりたいと願うのは必然ですし・・。」
 「私はあまり興味はないのだがな・・。」
 「でも、“世界を統べる王『デュラハン』“になれるのならあなたも悪い気はしないでしょう?」
 デュラハンは何も答えない。いや、おそらく答えられないのだろう。彼も一国の王だ。そして、更なる高みへと昇ることを考えるのは仕方のないこと。
別にそんなことで軽蔑などしない。向上心は良いことだと思うし・・・。
 「フェルトマリア卿。フィンハオラン卿。何度も言っておるが、今一度言おう。我が国に仕えぬか?もちろん待遇は保障する。もし、仕えてくれれば、それぞれに国の五分の一の領地と年間数億リーラの給与を出してもいい。フェルトマリア卿はすぐにでも元老院議長かあるいは聖魔道士の地位を約束し、フィンハオラン卿には大司教と式部省と宮内庁の長官を任せたい。どうだ?もちろんリオレストを続けたいのであれば、国から研究費を出して、君専用の研究所を宛がう。
そこで新規魔道具の開発でもなんでもすればいいではないか?悪くない話だと思うが・・・。」
 「何度も言ってますが、今一度お断りします。」
 「何故だ?」
 「私にも夢がありますし、それに・・・今の暮らしもそこそこ気に入ってます。」
 「夢・・か・・」
 デュラハンの表情が呆れに満ちた。
 「まだ、諦めていないのか?本当にできると思っているのか?
“この世界から永久に戦争を失くす”など・・。人は争いを繰り返す。争わずには居られないのだ。平和しか知らない人間は戦争を起こす。そして、戦争に絶望する。それが人間だ。断言してもいい。完全な平和など実現できない。」
 「そうですね・・。正攻法では無理でしょう。」
 熱くなっているデュラハンに対し、シルフィリアは落ち着いて言う。
 「なら、反則技を使うまでです。戦争なんて“ルールの無い物”故、“ルールを無視”もありませんし・・・。」
 ・・・
 デュラハンは質問の相手をアリエスに変える。
「アリエス。君はどうする?フィンハオランの血筋たる君がフェルトマリア家で家令を続ける意味はないだろう?」
 アリエスはそっと目を閉じる。
 「いけない。」
 「そうか・・」
アリエスの答えに最初から予想していたようにデュラハンは腕を組み、目を細めた。
 「なぜだ?」
 アリエスは続けて
 「俺はシルフィリアと共にあるから・・・」
 誇らしそうに・・・
 「いつか、シルフィリアの夢が実現するように手伝って、実現した時にはその隣に居たい。」
 「そうか・・・。」
 デュラハンも心無く笑う。
 再び一礼して部屋を出ていくアリエスとシルフィリアを見つめながら小さくフッと笑う。
 「やれやれ・・フラれてしまったか・・・。」
 そして大胆に
 「しかし、諦めはせんぞ・・。いつか我が国にフェルトマリアとフィンハオランを・・・」
 そう言ってデュラハンはニヤリと笑った。
 部屋を出ていく際、シルフィリアは門番にちゃんと謝ったのは言うまでも無い。



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